神様の大切な一輪の花(あなた)


私の祖父は、写真を撮る事と旅行が趣味で、私が幼い頃には、よく自然の中や、旅先、運動会や花火大会などなど、様々な所で写真を撮っていました。

しかし、その祖父が、晩年に撮り続けたものは一輪の花でした。
私は幼心に、「こんなに花だけを撮って何がおもしろいのだろう?」
と思っていました。 
祖父は花の美しさに魅かれていたようです。

私たちは、気忙しく、物事に追われるような日々を過ごしてはいないでしょうか。
そんな毎日の中で、私たちは何に心を向けて過ごしているのでしょうか。
目の前の仕事、家族、そして個人的な悩みなど山積みになったものに不安や恐れでいっぱいで、「どうしよう…どうしよう…」と必死になって歩んではいないでしょうか。

先日、私はある事に悩みながら自転車に乗っていました。
すると、ふと道端に咲いている花に目が留まりました。
その時、ほっと溜息がもれたのを思い出します。
そのついでに、小さな川沿いを走ると、川を逆流するように泳ぐ小さな魚たちの姿を見ました。思わず、川辺に横になって目を閉じました。
なんだか、神様の懐で抱かれているような優しさを感じました。


イエス様は、ある時、こんなたとえ話をされました。

「空の鳥を見なさい。種まきもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。… 野のゆりがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を極めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした」(マタイによる福音書6:26-29)

…と。

あらゆる生き物、植物を造られ養っていてくださる神様が、日々私たちに必要なものを与えてくださっているのだから、心配はいらないと言ってくださるのです。

私たちは、明日を生きることに心配をすることに早く、生かされている今日と、与えられた恵みに感謝することをすぐに忘れてしまうものです。

しかし、イエス様は、
「明日のための心配はいらない。労苦はその日その日に十分にある」
…と、言われるのです。

美しい一輪の花に目を留める心の余裕は、今、私たちにあるでしょうか?
栄華を極めたソロモンでさえもこのようには着飾ってはいなかったという一輪の花でさえこんなにも美しく創造された神様が、今日も愛する私たちと共にいてくださることを忘れないでください。

副牧師  伊東 勝哉

© SHIN AI CHRIST CHURCH   in JESUS CHRIST