わたしの助けは、天地を造られた主から来る

『わたしの助けは、天地を造られた主から来る』 聖書

私は、19才の頃、アメリカオレゴン州のホストファミリーの家で一時お世話になりました。定年前のご主人は、クリスチャンで、出会った日から私のことをわが子の様に大切にしてくれました。

その頃、家族の問題で大きな心の痛みを抱えていた私にとって、その家族の中に置いてもらえた事がどれほどの励みと慰めとなった事でしょう。

そのご主人は、よく休日になると、私を連れていろんな山へと連れて行ってくれました。 オレゴンの大自然は本当に美しく、それを眺めながら心癒されたものです。


ある山の頂上に到着した際に、360度どこを見渡しても広がる壮大な景色を指差しながらそのご主人が私にこんな言葉を掛けてくれました。

Katsu! God did good job!!(カツ、神様は素晴らしい事をされただろう!!)」と。

その言葉が私の心に響き、
「そうか、僕の信じている神様は、こんなに偉大な大自然をお造りになり、
しかもそれとは対照的な、弱くて小さな自分の心の中にも生きていてくださるんだ!」
と、なんとも言えない大きな励ましを得ました。


聖書の中の詩篇121篇という箇所には、この様な言葉があります。

「私は山に向かって目を上げる。
 私の助けは、どこから来るのだろうか。
 私の助けは、天地を造られた主から来る」

この詩篇を書いた方も、人生のあらゆる場面で悩み苦しみ、
助けを必要とした方だと思います。

自分の弱さ、無力さ、罪深さを示されながらも、それでも、
「この天地万物をお造りになり、こんな私をも造ってくださったお方が私を愛し、
私と共にいてくださる」
という確信に立って、生きて行けたのです。


その詩篇の中で彼は、
「主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。
見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない」

と言います。

天地万物、そして私達をお造りになった神様は、私達に無関心で、気まぐれなお方ではありません。いや、むしろ、24時間私達がいつどこにいたとしても、眠ることなく、まどろむことなく確かな御腕で守っていてくださるお方なのです。

しかもその神の守りと助けは、「すべてのわざわいから」とある様に、どんな災いであっても及ぶと言うのです。


そして・・
「主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる」
とある様に、
創造主なる神様は、朝に家を出て、夕に家に帰ってくるまでも、そして眠っている時にも、「主よ、助けてください」と呼びかけるまさに今日から、永遠までも変わることなく、私たちをあらゆる危険から守り、助け、最善の道へと導いてくださいます。


私たちは、普段、恥ずかしくて人に素直に「助けて!」と言えないものです。
けれども、創造主なる神様は、あなたの切なる叫びや呼びかけに、必ず答えてくださるでしょう。
なぜなら、神様は、美しい大自然にもまして、「あなた」という一人の存在を尊んでおられるからです。
そのお方の守りを確信して生きていける時に、私達は本当の平安を心に得るのです。

「神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない」聖書


副牧師  伊東 勝哉

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