信愛キリスト教会 web site FAITH, HOPE, LOVE

みことばの種

愛は神から出ているのです

「愛は神から出ているのです」



 キリストの弟子の一人、ヨハネは、兄ヤコブと共に、イエス様から「ボアネルゲ(雷の子の意味)」と呼ばれました。
「怒りやすい人」だったのでしょう。
福音書を通して、ヨハネは、名誉欲・プライドが高い人物だったことも伺えます。
 しかし、そんなヨハネがやがて(聖書)ヨハネの手紙を書き記したのです。

 キリストの十字架の前後で彼に明らかな変化が起きました。
 (聖書)ヨハネの手紙第一には「神の愛(アガペー)」という言葉が52回も出てきます。
「ボアネルゲ」の心にどうしてそんなに多くの「神の愛(アガペー)」があふれているのでしょうか。
 
 ヨハネは、12弟子の中で唯一キリストの十字架の死の目撃者でした。
彼は、十字架上のキリストの姿を通して「神の愛」は自分の内には全くない性質のものだと悟りました。
そして、キリストの本物の愛と光に触れた彼は、むしろ自分の闇(罪)を知りました。

 イエス様は復活され、昇天し、天の御国の座におつきになられた後、約束通り、救われたヨハネにも聖霊を注いでくださいました。
すると、ヨハネは今までにはなかった新しい力(神の愛)が、罪人の自分の中にも流れていることに気づかされたのです。
 
 神と結び合わされたヨハネは、日々神から注がれる愛を喜び、その力に感動し続けて行ったのです。
ですから、この手紙で、愛する手紙の読者に、その「神の愛」を受け続けて生かされてほしいと願うのです。

 ヨハネは確信します。
「愛は神から出ているのです」(ヨハネの手紙第一47節)と。
それは自分の内にはないと。
ヨハネの福音書の多くを費やして記した十字架の御業に神の愛は現わされました。
「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」(410節)
 と、ヨハネは言っています。
 
 そしてヨハネは、ただ「愛しましょう。愛しましょう。」とは言わず、
「私たちは互いに(神から注がれる愛で)愛し合いましょう」
3度繰り返します47,11,12節)

 私たちは皆、日々、お互いに(神からくる愛で)愛し、愛され続ける必要があるのです。
聖書の御言葉によって、祈りによって、キリストにある互いの愛の交わりの中で。

 その愛は、孤独、心の傷、トラウマ、他者を赦せない心、怒り・憎しみ、そして全ての罪を覆ってくれます。
今日も、その神からの愛を受けて、喜びと平安に満たされて生かされていきましょう。

 神は「あなた」にも、惜しみなくその愛を注ぎ続けてくださいます。



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